No.16



☆産経新聞群馬版毎週金曜日掲載で『群馬女性5人のリレーエッセー』が2005年1月からスタートしています。
5週に1回づつ寄稿している浦部農園マダム・オリザの文章を産経新聞の承諾を得て転載します。

No.12 2006.4.7 産経新聞群馬版掲載『群馬女性5人のリレーエッセー』より

  炎天下草取りに入りながら、見渡す限りの田んぼには、他には誰もいないことが不思議でした。田植え時にはあれほどにぎやかだったのになんとしたことでしょう。田植え後に除草剤を打てば後は朝夕の水見だけですむのが今時の稲作りなのでしょうが、人っ子一人いない田んぼの水は澄み切って、生き物の気配もない。草の間をざわざわと生き物が動き、蜘蛛が巣を張る我が家の田んぼとは全く異質の光景です。おそるおそる田んぼに足を踏み入れてみれば、土は軟らかくなめらかに肌を滑り、じりじりと背を灼く熱射も足下から水に放たれていきます。遠目には美しく揃って見えた苗元には小さなコナギが芽吹いている。ところによっては小さなヒエがいかにも頼りなさげにヒヨヒヨと背伸びを始めている。目の色を変え、険しい顔で草取りに入る夫の顔からは想像も出来ない、やさしげで美しい草たちの芽吹きです。土に額ずきながら条間、株元をやさしくかきまぜて幼い草たちを浮き上がらせるのは、子供の頃にし忘れた遊びを追体験するようで、懐かしいようなうれしいような田の草取りの始まりでした。けれど、にわか百姓の牧歌的な感傷などものの1週間もしないうちに現実にたたきのめされます。日ごと夜ごとにたくましくなるコナギ・カヤツリ・おもだか・黒クワイ・ひえ・田ネム、そのほか名も知らぬ諸々の草たちが、あれほどしっかりと植えられた苗たちの株元にまといつき、はびこり、押し被さろうとすさまじい勢いで成長をするのです。息も絶え絶えの苗の株元からコナギをむしり取ると、ほっと息づく苗の声が聞こえるようで、あと一株、もう一株と夢中になって、手元が見えなくなるまで連日田んぼにはいりつづけました。農業を知らない私に恩師が教えてくださった言葉、「粒々辛苦」とはこのようにして生まれる米のことであると身をもって知り、「粒々辛苦」たるを誇りに思おう、と、ひたすら我が身を励まして草取りに明け暮れたのでした。

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