No.17



☆産経新聞群馬版毎週金曜日掲載で『群馬女性5人のリレーエッセー』が2005年1月からスタートしています。
5週に1回づつ寄稿している浦部農園マダム・オリザの文章を産経新聞の承諾を得て転載します。

No.13 2006.5.19 産経新聞群馬版掲載『群馬女性5人のリレーエッセー』より

 果てしなく思われた田の草取りも終わってみればわずか2ヶ月足らずのことでした。いつものように草取りに入った8月のある日、濃い緑のなか、奇跡のように灯された1筋の紅い炎。赤米の出穂です。赤米に赤い穂が出る、あたりまえといえばあたりまえですが、ただひたすら、草に負けないで生きて!生きて!と祈りながら草取りをした身にとって、いつしか稲が穂をつけるという当たり前のことすら奇跡のように思えたのです。赤米は柔らかい緑の穂先を鮮やかな深紅の芒で彩って美しく、いのちをともす灯明のように私には思えました。その前年、わずか13歳の娘を亡くしたばかりの私は、自分を殺したい密かな自棄の念もあって田の草取りという重労働をを自らに課したつもりでしたが、自然は思いがけない形で私に応えたのです。いのちがあるのならそれに値するように生きなさい、とさとされた一瞬でした。ベーチエットという病を得て以来、力仕事をするな、日に当たるな、無理をするなといわれていた私が、早朝から日没までを田んぼで過ごし、ろくな食事もとらない生活を続けてきたのに、病は悪化するどころか体中が生まれ変わったように暖かく軽いことも驚きでした。その日を境に、過去へ過去へと引きづられていたわたしの心もようやく前を見ることが出来るようになりました。悲しみはいやすことも乗り越えることもできないけれど、その痛みを抱えたまま生きていけばいい。お遍路は同行二人といいますが、この日から私の人生は娘と同行二人になりました。まどみちおさんの詩にすてきな1節があります。/私という耳かきに/海を/一度だけ掬わせてくださいまして/ありがとうございました/・・・/この一滴の夕焼けを/だいじにだいじに/おとどけにまいります/ご高齢のまどさんは夕焼けをうたいました。ならば私の娘は、美しい朝の光を神様に届けに行ったのでしょう。私もいつか海をひと掬いする日が来ます。いつ時分のことであれ、そのひと掬いを美しいといえるように生きていきたいと願っています。

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