No.38



☆産経新聞群馬版毎週金曜日掲載で『群馬女性5人のリレーエッセー』が2005年1月からスタートしています。
5週に1回づつ寄稿している浦部農園マダム・オリザの文章を産経新聞の承諾を得て転載します。

No.33 2008.10.21 産経新聞群馬版掲載『群馬女性5人のリレーエッセー』より
  金融の大混乱や株の暴落、値上げやリストラ、ローン返済不能者の激増、またも発覚した中国野菜の汚染問題・・・、一仕事終えてテレビをつければ驚愕するようなニュースが流れる一方で、チャンネルを回せば人殺しのドラマか、お気楽なお笑い番組ばかり。その落差にはついて行けない気がします。そんな折、お稽古して頂くお茶の先生のお宅で、綿仕事のお話をうかがって、亡き母を思い出しました。子供の頃、布団の綿入れを手伝ったこと、お台所の火を落とし、消し炭を壺に入れたこと、夏の終わりには浴衣を全部ほどいて洗い張りをしたこと、・・58になる私の子供時代というのは、戦争の痛手から復興する過程と重なって、どこの家も経済には恵まれなくても根っこのあるくらしが営まれていたような気がします。朝起きればきちんと引いたお出汁のみそ汁、炊きあがったばかりのご飯、家で漬けた漬け物、夕餉には目立ったご馳走はなくとも必ず並ぶ常備菜の数々。子供服などはどこの家でもたいていは手作りでしたし、繕い物や編み物は日常の風景でした。記憶に刻まれた温かい家庭の仕事を、思えば何一つ身につけることなく巣立ってしまったと、この年になって悔やまれます。子供時代にはいつでも母は家にいて、細々とした家庭の仕事をこなしていました。ささやかな家族の暮らしを支えたのは父の働き。その有りように反発した私は、母から細々とした家庭の仕事を学ぶ事なく社会に出て、そして親となりました。それでも母の手仕事に包まれて育った記憶は体に刻み込まれているけれど、私は娘に何を伝えただろうかと思い返すと、我ながら情けない思いがします。昭和初期の家庭生活のいろいろを学び直して再現できたら、少しは暮らしが潤うのではないかしら、少しは安全なものが口にできるのではないかしら。急速に景気が減速し、可処分所得が減少、先行きが見えない辛い時代になってきましたが、利便性と引き替えに失ったものをとりかえすには良い機会かもしれません。手始めに常備菜をご用意なさいませんか。


農業と食糧 (「じんけん広場」に掲載)
第3回 人間は食べ物のお化け
     食べ物は大地のお化け


 生きることは食べること、というとあまりに短絡的にすぎると思われるかもしれません。でも考えても見てください。私たちの誰一人として食べることなく生きられる人はいません。最新の科学で、私たちの体は水や空気とともに食べ物を体に取り込
、一瞬のうちにいれかわり、ひとときも同じところにはとどまらない存在ということがわかってきて、それがいのちの本質ではないかといわれています。とすれば私たちは水や空気とともに食べ物でつくられている、いわば食べもののおばけ、といったところでしょうか。食べ物は大地が生み出します。肉や魚などもその食物連鎖の由来をたどればすべて大地に行き着きます。そう考えたらいのちはすべて大地のお化け、その大地は地球の皮膚のようなもの、絶えず呼吸していのちを養っているのですから、いのちはすべからく地球そのものといえるのではないでしょうか。人の体液は太古の海の塩分濃度を持つそうですし、生きていくのになくてはならない微量栄養素として大地が持つさまざまなミネラルを必要とするのは、いのちが海で育まれ、人が大地に養われてきた証のように思います。そのいのちの海、いのちの大地が、今、おかしくなっています。地球温暖化による気候の変動、大気の汚染、水資源の枯渇、そうした異変の原因が私たち人間の経済活動にあるというのは何とも複雑な思いがします。私たちが無邪気にも暮らしを豊かにすると信じておこなってきたさまざまなことが将来人類の生存を脅かしかねない結果につながっていたのですから。地球がおかしくなるのと歩調を合わせるように、私たちの体もおかしくなってきているように思います。アトピー・アレルギー・ガンなどに加え、急速に増えている化学物質過敏症は、個々人の体質や生活習慣に起因するというより、自然界からの警鐘のように思えます。わずか100年に満たない時間の中で自然界に放出された化学物質が大気の流れに乗り、海流に乗って世界中をくまなく汚染しています。少ない労力でたくさんの収穫を得ようと投入されたおびただしい化学肥料や農薬は大地を荒廃させ、地力を奪い、かつての豊かな穀倉地帯を不毛の大地にかえています。ここに至ったら、再び大地をよみがえらせ、いのちを養うにたる作物を作るのは有機農法以外にはないのではないかと思います。これ以上環境に負荷を与えたら回復不可能な一線をこえるのではないかという危機感はヨーロッパを源としたオーガニックの潮流を生み出してきました。持続可能な農業への模索が続く一方で、遺伝子組み換えや放射線照射による品種改良なども盛んに行われており、食糧危機が叫ばれているにもかかわらずバイオエネルギーなどへの穀物の転用がすすめられるなど、不安な動きも活発です。経済活動に食が取り込まれている現状では混沌として見えにくくなっていますが、今、地球上において、穀物や農産物を生み出す力がどんどん弱くなっていることは間違い有りません。一方で人口は増え続け、今ですら地球は、かつて養ったことのない人口をのせるに至っています。アメリカのサブプライム問題に端を発した世界的な経済危機が深刻化する中で、日本がいつまで安い食料を海外から調達できるのか、はなはだ心許ない状況になっています。おりしも毒入り餃子や事故米の事件など、食をめぐる不祥事は構造的な根深さを露呈してきています。冷凍食品や安い米が真っ先に導入されるのは外食産業や加工業からで、一直線に家庭に入ってくるわけではありません。国や企業の責任は重大ですが、きちんと家で食事を作らず、家族揃って食卓を囲まなくなった昨今の家庭力の低下も問題なのではないでしょうか。生きることは食べること、いのちを養う原点です。家族の健康を守るのも、子供を健やかに育むのも、家庭の食事が原点ではないでしょうか。家庭の食事をしっかりしていくことは日本の農業の元気につながっていくと思います。

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