No.39



農業と食糧 (「じんけん広場」に掲載)

第4回 農業政策・巨大なるブラックボックス

花卉、施設園芸、養豚、酪農、蔬菜、稲、こうした多様な分野が農業という言葉一つでくくられるということ自体が、農業という産業のおかれている立場の難しさを表すような気がします。作目だけでなく、その規模も、技術も多様な形態を持ち、その全体像を俯瞰するのは容易ではありません。農業のすべてを網羅して基本方針が策定され、さまざまな施策が打ち出されるわけですから、その難解さは、専門家をしても太刀打ちできぬとさえいわれる巨大なブラックボックスとなっています。
そもそも農業は自然環境に働きかけ、多様な条件を利用する産業ですから、気候風土によって多様な栽培技術や栽培品目があって当然なのですが、国は長年、農薬や化学肥料を多用する農法のみを農業として認知してきました。しかも安定した食を供給するという責任については安い輸入食材で事足りるという姿勢に終始して農業を軽視、産業に値しない経営や作らないことに対して手厚く保護する姿勢をとり続けてきました。その結果として自給率4割という危機的状況にいたるのですが、さらに深刻なのは農業を支える世代が高齢化し後継者が育っていないという現実です。ここにきて食の安全安心を脅かす事件が立て続けにおこっており、そのうえ、食卓になくてはならない食材が軒並み値上げとなるなど、食に関する不安は高まる一方です。農家の子弟が農業を継がないなかで、農外から新規就農を希望する若者がふえているのは心強いことですが、農家の子弟を念頭に置いた施策しか採られていないことから、農外からの就農は土地の確保という最初の一歩から大きな障害に直面するという事態が起こっています。農外からの就農希望者は消費者の期待を反映してか、有機農業への関心が非常に強い傾向がありますが、国の施策から排除されてきた分野なだけにいっそうの困難がつきまといます。自給率の向上が叫ばれているのにいっこうに改善されない、後継者不足が危惧されていても改善されない、有機農業の振興が期待されていても有機農業者はいっこうに増えていない、それは農業者、農業志望者の責任ではなく、現状打開のために有効な施策がなされていない証明と思います。農薬化学肥料を前提とした農業政策、農家の子弟を想定した後継者対策、国際競争力を掲げて大規模化を推し進めるという、日本固有の条件を無視した政策が、日本農業を疲弊させ、時代の要求から乖離したものとなっているにもかかわらず、さまざまな思惑や、利害関係、過去の経緯、外交問題などと複雑に絡み合って改善の糸口を見つけられずにいるように思えます。そうして手をこまねいているうちに世界経済は激しい混乱に突入し、世界規模で食糧の奪い合いが深刻化しています。未曾有の金融危機の中で日本経済が急速に失墜しつつあるなかで、私たちは今後安全な食を安定して確保できるのでしょうか。人は食べることなく生存することはできません。世界の中でも四季に恵まれ、豊かな水を有するこの国で、自国の民を養うことが出来ぬような政策をとるということは、とりもなおさず水不足に苦しむ国から水を奪い、飢餓にあえぐ国から食糧を奪うことです。円の力で食材を調達してきたこの国の国力が低下したとき、私たちは飢餓に直面するという代償を支払うことになるかもしれません。手遅れにならないうちにブラックボックスに手をつけて、国民の利益を守ることを第一義に農業政策を見直すことが急務です。行政改革や事業の効率化などと称して、JAS認証や穀物検査など強い権限を持つ分野を民間に任せてきたことも、結果として食の安全安心を利益追求の手段として売り渡したに等しい愚行と思います。農業の多様な分野の中でも、最も利益率が低く、後継者が育たないのは、食の基である穀物を生産する土地利用型農業です。しかもこの分野こそは国土を保全し、国民の生存を約束する農の王道、いのちの産業です。経済効率や国際競争力といった目先の利益に拘泥することなく、国家百年の計と位置づけた対応を切望します。


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